その日は、
特別な不安はありませんでした。
天気は安定していて、
体力にも余裕があり、
準備もいつも通り。
「今日は大丈夫」
そう思いながら、
いつもと同じように山に入りました。
でも、あとから振り返ると、
その 「大丈夫」という感覚 こそが、
一番判断を鈍らせていたように感じています。
この記事では、
私が「問題ない」と思い込んでいた日の行動と、
なぜその安心感が危険につながりやすいのかを整理します。
「大丈夫」と感じていた根拠は何だったのか
その日、
私が安心していた理由を並べてみると、
どれも一見もっともらしいものでした。
・何度も歩いたことのある山
・特に悪い情報は出ていない
・装備も揃っている
・体調も悪くない
こうして振り返ると、
「大丈夫」と思う材料は
いくつもそろっていたように見えます。
でもその多くは、
過去の経験や思い込み に基づくもので、
「今、この瞬間の状況」を
きちんと見ていたわけではありませんでした。
安心していると「確認」を省いてしまう
その日は、
いつもなら気にしていることを
無意識に省いていました。
・周囲の音を意識する
・立ち止まって様子を見る
・少しの違和感を拾う
「今日は大丈夫」という気持ちがあると、
確認や警戒の動作が
自然と減ってしまいます。
怖さがない分、
判断を止めるきっかけもありません。
安心している状態ほど、
自分の行動をチェックしなくなる
ということに、あとから気づきました。
「大丈夫」と思った時こそ立ち止まる
その日、
大きな出来事が起きたわけではありません。
でも、
「このまま進んでいいのか」
と、ふと立ち止まった瞬間がありました。
理由ははっきりしません。
ただ、
安心しきっている自分に
少し違和感を覚えたのです。
結果的に、
ルートを短縮し、
早めに下山しました。
あとから思うのは、
「大丈夫」と思った時ほど、
一度立ち止まる価値がある
ということです。
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まとめ
「大丈夫」という感覚は、
不安がない分、心地よいものです。
でもその安心感は、
判断を支えてくれるものではなく、
判断を省略させてしまうこと があります。
過去の経験や準備が整っている日ほど、
「今日は問題ない」と思いやすい。
だからこそ、
安心している自分に気づいた時点で、
一度立ち止まる。
その一拍が、
判断を取り戻すきっかけになると感じています。
山では、
怖さだけでなく、
安心しすぎている自分 にも
目を向けることが大切だと思っています。





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